謝るのが美徳の日本人、謝らないのが美徳のアメリカ人(16)

誠意のある「謝罪文」は日本独自の文化

 日本では長い間、ルールを破った者は、公の刑に服す代わりに謝罪文を書き、反省の意を表す慣わしになっている。日本の組織はしばしばその従業員に対し、なぜ誤りをおかしたのかを説明し経営者に謝罪するための始末書の提出を求める。この謝罪文や始末書という書類は、日本の謝罪において頻繁に登場する特徴的な文化である。

警察や裁判官でさえ謝罪文を求める

 警察官や裁判官でさえ、人々を罰する代わりに謝罪文を書くように求める。あるいは、中央省庁の官僚でさえ、そのような法律根拠はどこにもないにも関わらず、不祥事を起こした企業に謝罪会見を開くことを求める。これはいったいどういうことを意味するか。謝罪行動にまつわる習慣は、歴史的-文化的背景にのみ影響を受けているわけではなく、それぞれの司法(行政)制度の影響も受けていると言える。

「始末書」に抵抗感を感じるアメリカ人

 社会心理学の我妻洋らは、興味深い以下のような話を紹介している。

  東京で英語の教師として働いた経験を持ち、現在は作家の調査助手を務めるあるアメリカ人が、日本人とアメリカ人では日本の「始末書」に対する態度が違うことについて触れている。英語の教師たちはコンピュータのシステムに受け持ったクラスや生徒の出欠状況などを入力することを求められた。この情報入力は退屈なうえ分かりづらく、教師らは時々、細かなデータの入力で間違えることがあった。入力を間違えた教師は、学校管理者から始末書を提出するように求められた。アメリカ人教師の多くの反応は、自分たちが子供のように扱われたことについて憤慨するというものだった。



我妻洋ら「The Implications of Apology: Law and Culture in Japan and the United States」

 我妻らによれば、アメリカ人の多くが他者に損失を与えた状況で取ると予想される対応は、防衛的、攻撃的となり、相手に謝ろうとしないことである。加害者や弁護士、そして保険会社が、相手への補償を回避することを第一に考えるのであれば、加害者が被害者にできるだけ謝罪しないようにするという対応は理解し得る。それゆえ、アメリカ人は、混雑した路上でだれかにぶつかったときは簡単に相手に謝るにもかかわらず、車同士が衝突事故を起こした場合は互いに謝ろうとしないのである。

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アメリカの裁判は損失の補償、日本では謝罪と秩序維持に重きを置く

 アメリカの裁判は、経済的損失の補償を求めるためにある。個人が傷害を受けたときは、その痛みや後遺症に対してどれほどのお金を与えるかという問題として扱われる。そのため、侮辱や心理的な痛手に関する補償の要求は、あまり扱われない。一方、日本で謝罪することは、社会のヒエラルキー的秩序を強め、個人としてその秩序に従うことを意味している。 (高橋眞人)

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