危機論の鬼才が教えることは「ブラックスワンは予測できない」である
危機管理のバイブル書『ブラックスワン』
元ウォール街のトレーダーで作家、いまでは危機と不確実性の権威となったナシム・ニコラス・タレブの著書『ブラックスワン』は、危機管理専門家やトレーダーの間で必読のバイブルと呼ばれてきた。米国の危機管理論などの大学院で、かなりの確度で読まされる本でもある。
今回の新型ウイルス禍への対応でも、トランプ政権に中国からの渡航者全員を隔離し検疫することを提言し採用させたのが、タレブだといわれている。
決して予測できない破壊的な出来事が「ブラックスワン」
タレブは、「ブラックスワン」を、①通常の予想を超えており、発生する可能性すら不明で、②発生した場合には壊滅的な影響を与え、③事後になってあたかも当然であったかのように説明される出来事――と定義している。
黒い白鳥が発見されたため常識が覆えされた
なぜブラックスワンなのか。それは何千年もの間、人間は白鳥を白いものだと認識してきた。人間は、自分が見た白鳥はすべて白だから、白鳥はすべて白でなければならないと考えてきた。ところが、オーストラリアで黒い白鳥が発見され、それまでの常識が覆されてしまった。そこで、彼は「予測し得なかったこと」を「ブラックスワン」と名付けたのだ。
七面鳥にとってのクリスマスはブラックスワン
タレブは、七面鳥がクリスマスをどのようにして迎えるかを例にとって説明する。七面鳥は毎日餌をくれる農夫を優しい人間だと考えている。こんな毎日がずっと続くと信じていた。しかし突然、虐殺の日がやってくる。クリスマスの日は、七面鳥にとって「ブラックスワン」なのだ。
リーマンショックも9・11もブラックスワンだった
タレブは、歴史や思想に関する豊富な知識をベースに、人間の思考の傾向について批評している。タレブによれば、リーマンショックも、グーグルの驚くべき大成功も、9・11も、非常に多くの出来事が人類にとっての「ブラックスワン」だった。起こるまでは、だれも予想ができなかったということだ。人間は、イベントが起こった後で、知識を総動員して起こった理由をあたかも当然のごとくに説明する。
ブラックスワンは起こらないという認知バイアス
人間による予測は常に通常時のためのものであり、その予測に依拠してしまえば、予測を大きく誤ってしまう可能性があり、ブラックスワンに対する備えを欠いてしまう可能性がある。人間は常に「ブラックスワンは起こらない」という認知バイアスを持っているということだ。タレブはこのことをさまざまな例を用いて、くどいほど突いている。
タレブは、「ブラックスワンはその性質上、常に予測不可能である」と主張する。通常の確率論では予測し得ないことだ。
専門家ほど予測を間違えるのはなぜか
また、タレブは学者や専門家、評論家、経営者、政治家といった知的な人々が言うことは、ほとんどが常に間違っており、平均的な人と比べて未来を予測する能力はほとんど持ち合わせないと痛烈な指摘をしている。知識が豊富な専門家が予測を間違う理由は、①特定の思考傾向に影響されるバイアス、②欠陥のある予測方法しか持ち合わせていない――ことだという。
知的な専門家も予測に関しては運転手と変わらない
彼の指摘は常に痛烈だ。以下の指摘を味わってみてほしい。
●とても知的でものの分かった人たちも、予測に関しては運転手と変わらない。
●私たちは、実際に起こったことに関する情報を過大評価する。とくに権威と学識のある人は、不自由になる。とくに物事の分類を始めたりすると、それに縛られてしまう。
●社会ではほとんど何でも、滅多にないが影響が大きいショックやジャンプで物事は進む。それなのに、社会に関わる研究といえば、ほとんどすべてが普通にばかり焦点を当てている。
事件というのは起こってみればすべて突拍子もないものだ
●予期せぬ大きな出来事や大きな好機があると、大きな誤差が生じる。経済、金融、政治、どの分野の予測者も、そういう出来事は予測できない。そればかりか、突拍子もない予測を人に言うことをとても嫌がる。でも本当は、事件というのは起こってみれば、ほとんど常に突拍子もないものだ。
●行きすぎた楽観主義を正当化する根底には、人間の性質に関するはるかに深刻な誤解がある。私たちは自然や自分たちの生まれついての性質が理解できるとか、行き先は自分の意志で選ぶものだとか、実際私たちはそうしてきたとか、そんな誤解だ。
(高橋眞人)