日本版CDCがこれほど切実に求められたことはない
米ハーバード大学のマーク・リプシッチ教授は「来年までに世界の40〜70%の人々が新型コロナウイルスに感染する」との衝撃的な予測を発表した。米サンフランシスコ市は、市内感染者がゼロであっても非常事態宣言を出した。パンデミック(感染症の世界的大流行)が現実化してきている。
米国は新型コロナウイルスのアウトブレークに際して、米疾病管理予防センター(CDC)の分析と提言をもとに、1月30日にいち早く中国全土への渡航禁止や退避勧告措置を取った。感染症対策は国家安全保障だ。それを担うのがCDCである。日本でも、安全保障としての感染症対策を抜本的に強化するため、日本版CDCを設立せよとの声が高まっている。それでは、CDCとはいったいどんな機関なのか。
世界中の感染症対策の模範とされる米CDC
CDC(Centers for Disease Control and Prevention)は、米南部アトランタにある保健福祉省所管の感染症対策の専門機関。感染症に関わる情報収集、分析、感染拡大防止対策、広報までを一元的に担う。脅威となる疾病には国内外を問わず駆けつけ、調査・対策を講じる上で主導的な役割を果たす。
CDCから勧告される文書は、世界標準とみなされるほどの影響力を持ち、実際に日本や欧州各国などでも参照されている。エボラウイルスなど、非常に危険な感染症の対策については、世界中がCDCに依存している。また、危険なウイルスの保存もしている。職員の中には医師や看護師、事務職員、各種専門家だけでなく軍人もいて、かなりの強制力を備えている。年間予算は実に約1兆2千億円。職員数は支部も入れると約1万5千人いる。
日本の体制は比べられないほど貧弱
一方、日本の国立感染症研究所は厚労省の関連組織だが、研究が中心で具体的な政策立案の役割はない。年間予算は約65億円で、医師・研究者は約300人だ。各大学にも感染症の専門家はいるが、国が使える人々ではない。
今回のクルーズ船内で医療活動に従事した医療班約40人のうち、感染症専門家は1人だけだったという。日本の体制は限られているため、決断力に欠け、中国寄りといわれるWHOの判断に依存せざるを得ず、こんなところにも初動対応の遅れの原因の一端がありそうだ。厚労省が自由に使える医師が限られた人数の防衛医大の医師だけであるという問題も指摘されている。
中国版CDCの設立で対応が迅速化した中国
一方、中国の感染症への対応はここ数年、驚くべき迅速になっているといわれている。その中心が米国のCDCをモデルに設立された中国の疾病管理予防センターで、この組織はまさに「国を健康の脅威から守る」という使命を課されている。
米CDCは感染症専門家のエリート集団
米CDCの医師・研究者は、感染症専門家の国家養成機関を卒業したエリートたちで、ここの卒業生がWHOをはじめ世界の感染症対策を仕切っている。
現在のCDC長官のロバート・レッドフィールド氏(68歳)はウイルス感染症の専門医で、とくにHIV・エイズのウイルスと治療法の研究で知られる。ジョージタウン大学医学部から医学博士を取得し、陸軍の医師及び医学研究者として勤務。この間、エイズ研究の最前線で複数の重要な論文を発表し、メリーランド大学医学部教授を経て、2018年3月にCDC長官に就任した。長官として最初のスピーチで「CDCは科学とデータに基づいているため、世界中からその信頼性が評価されている」と述べている。
感染症予防を学んだ者しか対策は立てられない
神戸大学の岩田健太郎教授は、クルーズ船内の混乱した状況が生まれた背景について「CDCがないこと」を挙げ、「原理原則がないからだ。感染予防には原理原則が必要で、原理原則は官僚には決して作れない。感染症予防のトレーニングを受けていないからだ。経験もシステムもない。CDCにはそのすべてがある」と述べている。
日本は、優秀な科学者たちが政策決定に直接関与するというシステムにまだ慣れていないようだが、今回のパンデミックの危機を契機に変化が求められているといえるのではないか。(高橋眞人)