上手すぎる芸人の謝罪会見には注意せよ

論点のすり替えに見事に成功

反社会的勢力から飲み会参加のギャラをもらっていながら、「もらっていない」と嘘をついていた問題で、宮迫博之と田村亮が7月20日、渾身の謝罪会見を行った。謝罪会見の出来としては、200%の上出来であった。この会見は大当たりし、視聴者の関心を、反社会的勢力から闇ギャラをもらった問題から、吉本興業のパワハラの問題へと見事にすり替えた。

涙ながらの謝罪と訴えで視聴者の心をつかんだ会見

宮迫と田村の謝罪会見は、不信感を抱かせた多くの視聴者やメディアの気持ちを、号泣混じりの真摯なお詫びを通じて動かし、「それほど悪いことなのか」「相手が反社勢力とは気づけないよね」「早く復帰してほしい」などと同情する声を大きくし、契約解除を撤回させることに成功した。

徹底した謝罪と自らの責任を認めたことが勝因

成功の要因については、さまざまな方がすでに分析しているが、①徹底した謝罪に徹し、言い訳をしないこと、②涙ながらに自らの罪を悔い、視聴者の同情を誘うこと、③責任を自らだけで被り、ほかのだれにも押し付けないこと、④相手が反社会的勢力であったとは少しも疑わなかったという認識を貫くこと――である。

会見の隠された目的は吉本問題への論点ずらし

しかし、この会見には隠された別の目的があった。それは「吉本興業による彼らへの理不尽なパワハラ的対応を暴露し、メディアと視聴者の同情を誘い、世間の追及の矛先を吉本にずらすこと」である。「切羽詰まって会見した二人に、そこまでの裏があったとは思えない」という見方もあるだろう。しかし、それほどの戦略家でなくては、視聴者の目を釘付けにする番組はつくれない。

吉本に動揺を与えたからこそ契約解除は撤回された

そして、彼らの狙い通り、この隠された目的は、見事に達せられた。私がこの会見を「200%の出来だ」と評価したのは、そういった意味である。そして、それこそが吉本興業を動揺させ、契約解除を撤回させた真の理由であったように私には考えられる。

生き残りを賭けた一世一代の謝罪会見

宮迫と田村は、記者会見の二日前に吉本興業から「引退」か「契約解除」を突き付けられ、いわば瀕死の状態であった。最低限、契約解除は決まっていた。しかし、過去の複数の事例から明らかなように、テレビ局に絶大な影響力を持つ吉本から不祥事で契約解除されれば、事実上、テレビ界から抹殺されてしまう恐れもある。イコール、引退だ。つまり、二人は失うものはもう何もない。であれば、イチかバチか、自分たちの力で渾身の力で謝罪会見を開き、引退・契約解除を免れられる望みを託して、一世一代の謝罪会見に賭けたということだろう。

一流芸人の謝罪会見スキルは名俳優以上

彼らは、視聴率を取ることができる当代一流の芸人である。一流の芸人は、視聴者の笑いだけでなく、同情の涙や怒りといった感情すら操作することに天才的な能力を持つ。いわば名俳優である。しかし、俳優より彼らがすごいのは、人を動かす話のネタを常に自分たちで構成し、ステージ上では常に当意即妙にリアクションし、人を責めてみたり、自己弁護したりする高度なコミュニケーション能力を日々鍛え上げていることである。その点で、一流芸人の謝罪会見スキルは、名俳優よりも上である。

自らが望む方法での記者会見に固執

吉本側が用意した記者会見とQ&Aを拒否したのも、そういうことだ。吉本が用意した記者会見(の打合せ)を土壇場でキャンセルし、会見に臨まなかった。その理由は、基本的には、彼らは吉本の冷淡な対応を目の当たりにし、不信感を抱くようになっていたためだが、突っ込んで言えば、自らの能力を最大限発揮できる記者会見ができない恐れが強かったためであろう。それゆえ、自分たちで独自に弁護士を雇い、なにがなんでも自分たちの望む記者会見を開くことにこだわった。彼らは視聴者の感情に訴えるという彼らの特技を使って、判断を視聴者に求めたのだ。そして、それがまんまと成功を収めたわけだ。

これほどの謝罪会見の成功例は見たことがない

私は日頃、大企業の経営者や政治家の謝罪会見を含む記者会見などをトレーニングする仕事をしているが、これほどの大成功を収めた謝罪会見は見たことがない。同時に、彼らの謝罪会見の表の狙いと裏の狙いがどこにあったのかは、手に取るようにわかる。冷静に分析すればするほど、まさに「舌を巻く」記者会見であった。

世間の関心は見事に吉本批判へ

その結果、何が起きたのか。当初のメディアと視聴者の関心は、①反社会的勢力との付き合いはどの程度であったか、②反社会的勢力との自覚は本当になかったのか、③なぜ報酬をもらっていなかったと嘘をつき続けたのか(反社会的勢力との自覚があったためではないか)――であったはずだ。しかし、それらの論点は、少なくともお茶の間の視聴者の脳裏からはすっ飛び、吉本興業のパワハラ的な対応に対する疑問、批判の感情がわき起こった。

メディアの物忘れの早さは落語にも似ている

「平林」という落語がある。定吉が番頭さんに平林さんへ手紙を届けるお使いを頼まれた。定吉は字が読めないので「ひらばやし、ひらばやし・・・」と唱えながら歩いていくうち、大きな水たまりを飛び越えようとして「どっこいしょ」と口走った。すると「どっこいしょ、どっこいしょ・・・あれ、こんな名前じゃなかったな。どうしよう」という話。あくる日のメディアの関心はもう「吉本のパワハラ的恫喝、低賃金、契約書なし」にもう完全に移ってしまっていた。メディアは定吉と同じだ。

岡本社長の会見は大不評だが、普通の人の会見はこんなもの

そして、その会見の翌日、吉本興業の岡本明彦社長がのらりくらりした下手で長尺な記者会見を行うことになった。吉本が正式に記者会見を開くことになったのは、二人の会見の影響であり、それだけでも画期的だ。ところが、記者会見をやってみると、宮迫、田村の心を打つ会見との落差が甚だしかったため、ますます吉本の落ち度を探す「民意」が醸成されてしまった。

岡本社長が互角に戦える相手ではなかった

社長の会見はメディアでも散々けなされ、こき下ろされているが、一流大企業の経営者だとさすがにこんな人は少ないものの、この程度の会見のレベルは、世の中ではごくごく普通である。サラリーマンや自営業者であれば、もっと下手な人もたくさんいる。その意味では、この「会見力」で一流芸人の宮迫、田村にドン・キホーテのように対抗しようとしたその努力は、哀れさを感じるほどである。

一歩引いて何が問題なのかを考えよう

断っておくが、私は吉本興業を擁護するつもりは毛頭ないし、この件でだれからも報酬をもらっていない。吉本興業をはじめとする芸能界のプロダクションの古い体質が良くないことも問題だと考えている。言いたいことはこういうことだ。「上手すぎる記者会見には注意せよ」「一歩引いて、いまいったい何が問題となっているのかをよく考えてほしい」ということである。(高橋眞人)

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